ふらふら温泉日記/保管庫

温泉行きたいー(泣

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長男様  

父上の病気発覚のたび、父上と私の間で必ず確認することがあります。
 
・本人に必ず本当の病名を伝える
(残りの人生は本人のものだから、家族といえども勝手に決めるなと)
・お互いの現在の貯金額
(治療などに色々かかるからね。兄上は完全秘密主義のドケチなんで、月収も預金額も一切明かしません。決まった生活費以外払いません)
・「延命治療は拒否」という考えに変化はないか
(これは昔から)
・葬儀は密葬で。ただし、父上が妹のように思っている姪2人だけにはすぐ連絡して一緒に見送ってもらう
(父上の兄姉で存命なのはもう1人だけで高齢だし、みんな遠くに住んでるから来るのは大変)
 
それから、父上からだけもう一つ。
・兄とうららの世話は宜しく
 
入院中は必ず夜に電話をかけてきて、「お兄ちゃんの夕食は作ってやったか?」と確認しやがります。
今回もその電話がありましたよ(; ・`д・´)
 
  
さて。
なぜ兄上がそんなに大切にされているのか。
 
 
私が生まれる直前に、とある難病にかかってしまった兄上。
それは発見されて学会で報告されてから2~3年という新しい病気。当時はまだ診断できる先生も少なくて何件も何件も病院をたらいまわしで、誤診もされまくり。
 
その間にもどんどん悪化していって、やっと正確な病名が分かった頃にはもう手遅れ寸前。あっという間に重篤な状態になってしまい、病院の先生には「明日の朝まで持つかどうか。覚悟してください」とまで言われたそうで。
治療法も確立していない頃だったから、とにかくありとあらゆる薬や抗生物質をこれでもかってくらいぶち込むくらいしかできなくて、副作用で手足の爪が全部剥がれ落ちたこともあったんですと。
それでも、奇跡的にもギリギリ一命を取り留めました。
 
けれど、再発や心臓の異常が出やすい為、その時はまず間違いなくアウトだと宣告されて、確か中学に入るまで通院が続いてた気がする。
あ、その後ちゃんと健康体に育って今では普通のおっさんです。
 
うちの母はそんな兄に特に甘くて、魚の骨を全部取ってあげるのは当たり前。勉強も付きっきりでみてあげて、そりゃもうべったりでしたよ。
私なんて健康体で2人目の子供だから適当に育てられましたもん(笑
 
そんな親子関係だったから、母を亡くして数年間ショックを引きずってた兄。
血が苦手で人の傷口が正視できなくて、父上の術後のガーゼ交換も無理な兄。
尿管結石や体調不良で寝込んで苦しんでる父上に気付いても自分で何をしていいか分からず、私に看病や手配を丸投げしちゃう兄。
おととしの大腸検査の段階でもうガンだと先生に知らされて、父上本人には隠しているつもりだったのに、顔面蒼白で手が震えてたもんだからあっさり本人にバレてた気の弱い兄(;´Д`)

長男だからというよりは、外面だけはいいけど家の中ではだらしなくて何もできない弱い息子だからほっとけないんでしょうな。
いつまでも気にかかる存在で、40過ぎても「大事な息子」なわけですよ。
父上も基本的に世話焼きで責任感の固まりですからね |A`)

 
ちなみに。私は中学3年の時点で「お前は1人でも生きていけるタイプだから放っといて大丈夫」と父上に言われました( ゚д゚)ポカーン アツカイゼンゼンチガウヨー
頭蓋骨見えるくらい頭カチ割って大出血してるのに、漫画読んで笑ったまま麻酔ナシで縫われてた(その方が治りが早いって言われた)くらい怪我と血に強いのと、いろんなバイトを経験+妹という立場のおかげで要領が良かったってだけなんだけどなー。
 
 
ああ!!毎日愚痴ってますが、兄妹仲はいいのでご安心を( ^ω^)
 
そろそろ、電化製品の配線以外でも「さすが兄」と思わせてくれないかな。
頑張ってくれ、兄( `・ω・´)
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